2021年2月28日日曜日

「終わりが近づいた今なすべきこと」

テモテへの手紙第二 4章7~11節
2021年2月28日 第4聖日
牧師 長江 忠司

 ペテロは万物の終わりが近づいた今、なすべきことを語りました。私たちはこれを自分のこととして受け止める必要があります。
 第一に、心を整えて祈ることです。残された時が短いから慌てるのではなく、逆に神の前に静まって祈るように教えられています。イエス様は地上におられた際、常に静まって祈っておられました。
 第二に、互いに熱心に愛し合うことです。これは聖書の一貫した教えであり、神が望んでおられることを私たちは忘れてはなりません。互いに愛し合う時にキリストの弟子として良い証しをすることができます。
 第三に、賜物を用いて互いに仕え合うことです。主はすべての方に賜物を与えておられ、私たちは賜物の管理者なのです。大切なのはそれを自覚し主のために用いることです。土の中に埋めてしまってはなりません。
 今月は宣教月間として取り組んで来ました。一部の働きだけが宣教の働きではなく、すべての奉仕は宣教に関係しています。終わりが近づいた今、私たちは賜物を用い、愛し合って、宣教の働きにあずかっていきましょう。

<聖書のことば>
万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。
ペテロの手紙第一 4章7節

2021年2月21日日曜日

「時が良くても悪くても~YBBC から宣教師を~」

テモテへの手紙第二 4 章 1~5 節
2021年2月21日 第3聖日
牧師 長江 忠司

 パウロはテモテに時が良くても悪くてもみことばを宣べ伝えるようにと厳かに命じました。なぜ、そうするべきなのでしょうか。
 第一に、キリストの福音だけが人に救いを与えるからです。救いに至る道は多くはなく、唯一です。ほとんどの方がその道を知らずに歩まれており、危険で緊急な状態にあるのです。
 第二に、主はすべての人が救われるために十字架で死なれたからです。神の愛の対象はすべての人です。私たちが救われたことは大変感謝なことですが、それで満足してはいけません。
 第三に、主は私を救い、私を遣わしてくださっているからです。救われて終わりではありません。神が御子イエス様を遣わされたように、私たちは主によってこの世に遣わされていることを忘れてはならないのです。
 主は私たちの隣人にも救いを与えたいと願われています。そのために私たちを遣わされているのです。ですから時が良くても悪くてもみことばを伝えましょう。宣教の働きに積極的に参加しましょう。

<聖書のことば>
みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。忍耐の限りを尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。
テモテへの手紙第二 4 章 2 節

2021年2月14日日曜日

「献げる恵みにあずかる」

コリント人への手紙第二 8 章 1~7 節
2021年2月14日 第2聖日
牧師 長江 忠司

 パウロはマケドニアの諸教会の出来事を述べて、献げる恵みにあずかるように勧めました。ここから 3 つの点で学びましょう。
 第一に、たとえ苦難の中でも、主にあって喜ぶことができることです。マケドニアの諸教会は迫害下にありましたが、それでも喜びに満たされていました。私たちを救い愛してくださっている主にしっかりと目を留めていれば、苦難の中にあっても喜び感謝して歩むことができます。
 第二に、主は喜び献げる者を祝福してくださることです。彼らの献げる模範が記されています。自ら進んで、自分自身を、そして力に応じ、力以上に献げました。私たちもその模範に倣うことが必要です。
 第三に、主に献げることは素晴らしいお恵みであることです。普通は受けることが恵みと捉えがちです。しかし主に献げることはもっと素晴らしい恵みなのです。主はそれに対して豊かに報いてくださいます。
 人生で何に献げるかは私たちの選択にかかっています。私たちのために死んでくださった主に、自分の持つものを進んで喜びつつ献げましょう。

<聖書のことば>
あなたがたはすべてのことに、すなわち、信仰にも、ことばにも、知識にも、あらゆる熱心にも、私たちからあなたがたが受けた愛にもあふれています。そのように、この恵みのわざにもあふれるようになってください。
コリント人への手紙 8章 7節

2021年2月7日日曜日

「教会の自己点検」

ヨハネの手紙第一 4章9~11 節
2021年2月7日 第1聖日
牧師 長江 忠司

 宣教は主が教会に与えられた大切な使命でありこれに努めていく必要がありますが、同時に教会は霊的状態について点検する必要があります。
 第一に、キリストを神とする信仰告白の上に立っているかです。主はペテロのイエス様こそ生ける神の子キリストですという信仰告白の上に教会を建てると言われました。教会は常にキリストが土台となっているか、またキリストが頭として歩んでいるかを点検する必要があります。
 第二に、主を愛し、主にある兄姉を愛しているかです。主は互いに愛し合うようにと新しい戒めを与えられました。本当に主を愛しているなら、教会を愛し、教会の兄姉をも愛するものです。
 第三に、主のみことばに従っているかです。みことばを聞くだけのクリスチャンであってはなりません。聞くだけだと霊的に成長することはできないのです。主は私たちが聞いたみことばに応答して従い、霊的に成長していくことを願われています。
 主は私たちが出て行く前に、教会を、そして自分自身を点検するように望まれています。これらが健全な状態であってこそ、宣教の働きは前進し、実を結ぶことができるのです。

<聖書のことば>
愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた、互いに愛し合うべきです。
ヨハネの手紙第一 4章11節