2020年7月26日日曜日

「アブラハムからイサクへ」

創世記25章1~18節
2020年7月26日 第4聖日
牧師 長江 忠司

 11章後半からアブラハムの歩みについて書かれていましたが、今日の箇所で死を遂げることになります。3つの点で学びましょう。
 第一に、神の約束に完全に信頼することができることです。ケトラをとおしてさらに多くの子供が与えられました。それは神が彼に約束されていたことでした。神の約束は必ず成就するので信頼することができます。
 第二に、神はアブラハム同様に、私たちを祝福してくださることです。祝福された生涯を送ったのは、アブラハムが罪が無くふさわしかったからではありません。主はふさわしくない私たちをも愛し祝福してくださいます。
 第三に、神は次世代に霊的祝福を継承することを望まれていることです。彼がイサクに与えた富は多くあったでしょう。しかし、最高の財産は神に対する信仰であったと言うことができます。
 アブラハムからイサクへ信仰が継承されました。私たちも次の世代に信仰を継承するために、何が必要かを真剣に考え実践しましょう。

<聖書のことば>
アブラハムは自分の全財産をイサクに与えた。しかし、側女たちの子には贈り物を与え、自分が生きている間に、彼らを東の方、東方の国に行かせて、自分の子イサクから遠ざけた。
創世記25章5~6節

2020年7月19日日曜日

「イサクとリベカの出会い」

創世記24章59~67節
2020年7月19日 第3聖日
牧師 長江 忠司

 イサクとリベカが出会う箇所から、学びましょう。
 第一に、神の約束を忘れないことです。かつて神がアブラハムに語られた約束が、リベカへの祝福のことばとして語られています。神はその約束を忘れないように教えられています。
 第二に、神は生きて見て下さっていると忘れないことです。イサクはベエル・ラハイ・ロイ地方から帰って来ていたようですが、敢えてその地名が記されています。そこは「生きて私を見てくださる方の井戸」の意味でした。彼はその主に励まされたことでしょう。
 第三に、神は私の必要を備えてくださると忘れないことです。イサクはしもべから経緯を聞いて、確かに主がすべてを備えてくださったと理解したでしょう。主は私たちの必要をも備えてくださるお方です。
 夕暮れ時にイサクとリベカは出会いました。イサクはそれによって慰められたのです。人生の夕暮れ時にあっても、主は私たちを慰め、強めてくださることを覚えて歩みましょう。

<聖書のことば>
イサクは、その母サラの天幕にリベカを連れて行き、リベカを迎えて妻とし、彼女を愛した。イサクは、母の亡き後、慰めを得た。
創世記24章67節

2020年7月12日日曜日

「リベカの信仰の応答」

創世記24章28~58節
2020年7月12日 第2聖日
牧師 長江 忠司

 アブラハムのしもべはリベカと会った後に、ベトエルやラバンたちと交わる時を持ちました。3つの点で学びましょう。
 第一に、主にある使命感を持って歩むことです。しもべはラバンたちから返事を聞くまで食事をしようとしませんでした。彼は自分に与えられた使命を自覚していたからです。私たちも主から与えられた使命を持って、優先順位を確立して歩みましょう。
 第二に、主のなされる不思議な御業に目を留めることです。ラバン達は一連のことが神のなされたことであるとわかったので、リベカを嫁にやることを認めました。私たちも主のなされる不思議な御業に目を留めることが必要です。
 第三に、主の呼びかけに信仰により直ちに応えることです。リベカは先のことは何もわかりませんでしたが、信仰により直ちに出発することを決断しました。私たちも信仰によって応えることが必要なのです。
 私たちの人生の旅路においても、使命感を持って歩みましょう。そして主が呼ばれたなら、直ちに応えるようにしましょう。

<聖書のことば>
彼らはリベカを呼び寄せて、「この人と一緒に行くか」と尋ねた。すると彼女は「はい、行きます」と答えた。
創世記24章58節

2020年7月5日日曜日

「アブラハムのしもべの信仰」

創世記24章10~27節
2020年7月5日 第1聖日
牧師 長江 忠司

 アブラハムはしもべに、イサクの嫁をさがすために遣わしました。しもべはアハム・ナハライムに着きました。3つの点で学びましょう。
 第一に、事の始めに祈ることです。しもべは直ちに相手となる女性をさがし始めて良かったのですが、彼が始めにしたことは神に祈ることでした。神は私を導かれる。神の導きは私の思いよりも良い。神は祈りに応えてくださるという信仰があったからでしょう。
 第二に、恵みに感謝して、神に礼拝を献げることです。しもべは願いが聞かれた際に、その場でひざまずき主を礼拝しました。私たちも彼の礼拝の姿勢に倣う必要があります。
 第三に、神は恵みとまことを捨てられないと覚えることです。神は私たちに対しても恵みとまことを捨てられることはなさいません。
 アブラハムのしもべの旅は、私たちの人生の旅と比較することができます。祈りと礼拝を重んじ、神のまことを心に留めて、歩むようにしましょう

<聖書のことば>
その人は、ひざまずき、主を礼拝して、こう言った。「私の主人アブラハムの神、主がほめたたえられますように。主は、私の主人に対する恵みとまことをお捨てになりませんでした。主は道中、この私を導いてくださいました。主人の兄弟の家にまで。」
創世記24章26~27節